真面目なことは良いことである。一生懸命は良いこと、責任感が強いことも良いことである。しかし、ここに思わぬ落し穴が潜んでいる。すなわち、がんばっている自分は許せるが、がんばれなくなった自分は認めれなくなってしまうのである。しかも、真面目な人ほどこの落し穴にはまりやすいものである。
Iさんは家庭のことで悩んで相談に見えた。69才の今も現役で働いているが、この先働けなくなったら我が家はどうなるのかと考えると不安で眠れないというのである。若い頃から苦労が絶えない一生だったが、ここに来て生活も安定してきた。家業も順調にいっている。しかし、現在が順調であればあるほど将来が一層不安になるという。
私はIさんに質問してみた。「今のご自分に点数をつけるとしたら何点ですか」Iさんは考えて「今までがんばってきたし、幸に現在は体も健康でがんばれているから80点です」という。さらに重ねて私はIさんに尋ねた。「いままでがんばってきましたが、これからはだんだんと体も弱ってきて思うように動けなくなるでしょう。そう成ったときは何点ですか」しばらく考えてIさんは困った様子で「がんばれなくなったら私は30点です」という。「今までそんなにがんばってきて今もがんばり続けているのに、その人生の総決算が30点というのは何かがおかしくないですか」という処からIさんには人生の見直しをしていただいたものである。
このIさんのように真面目な人は自分を見る目が厳しい。しかし、人生には順境の時もあれば逆境に沈むこともある。その逆境のときに、自分を情けないと卑下する生き方は間違った厳しさであろう。逆境の時こそ自身を信頼し、大きく暖かな眼で見守れる心の豊かさを育てていきたいものである。